公園の向こう側
歩いて10分、窓から見える距離なのに
こんなにも遠い
少しの不安と、少しの開放感を抱いて
私の一人暮らしが始まる
ロケーション : T-Cut ・ Wip 2004年4月10日(木)
登場人物 : Toi ・ Satty ・ Moi
Toi ナレーション :
8階にあるこの部屋の、大きな大きな窓から見える夜の公園。
夜景銀河の照り返しで、ボンヤリ浮かぶ緑のずっと先に、中高層ビルが凸凹の地平線を描き、舞台の背景は今夜の空。
満開の宴闌(えん・たけなは)が過ぎても、開花時期が微妙に違う数種類の桜は、御苑の中を咲き乱れながら移り変わり、その前線はまだ、中心に広がるイギリス式庭園の辺り。
バブル全盛期に作家デビューした父が、一時期もてはやされて得た収入の殆んどを投入したこの部屋で、私の高校生活と一人暮らしが始まって今日で一週間。
20歳からという約束が早まり、それはもう嬉しかったけれど、正直まだちょっと不安で、「いつまで所有していられるか解らないから」と言う父の理由は、ていよく実家を追い出された感が無くもありません。
宮中行事の際に開かれる正門から、フランス式庭園に立ち並ぶプラタナス並木が左側に見えます。
木立の合間から漏れる光の中に、両親の住む Wip の明かりがあると知っているのは、こちらからは見えないけれど、先月まであちら側から良く見えるこの部屋の明かりに向かって、仕事中の父に「おやすみなさい」を言っていたから。
時々は、そんな風にこの部屋を見てくれていると思いたいけれど、あの二人のことだから・・・
ねえ? んっ?
Toi ナレーション :
両親はほとんど表情で会話します。
言葉はあまり使いません。
作家と画家だから、感情を溜め込んでおいて、一気に作品にぶつけるのだとか言ってるけれど、私には遊んでいるようにしか・・・。
かと思えば唐突に会話を始め、そこに私の入り込める余地はほとんどありませんでした。
たとえば、父は時々妄想して遊びます。
ふとした思い付きを、面白く展開させるのだとか。
母はそんな父を見慣れていて、頃合を見計らうように声をかけ、その遊びに参加します。
すると父は、待っていたかのように・・・
一つだけ選ぶところから始まったんだ 一つだけ? ん、まずね、何もない暗闇に自分が在るわけ、光も空気も何一つ無いのに、自分がそこに在るって感じてる フムフム 一つだけ選べるなら何を?って考えてみた どういうこと? 例えば 「着る物」 って選んでも意味が無いわけ ・・・よく解らない・・・ 光が無いんだから見えないし、その時点では自分という 「存在」 しかない・・・というところから始めてみたわけ はーん、で・・・なにかひとつね。 どうしてもひとつなの? ん、ふたつにすると複雑になるからね そうなの? ・・・わかった。 で、その一つ、私じゃないの? 見えないし、音も無いから会話は出来ない、まあ、感じることはありえるかも・・・ ダメ? 続くかな? 難しいでしょ? んー、かもね。 それでどうなったの? 閃いたんだ、 「宇宙」 にしようって! 宇宙? そう、 「宇宙」 にすれば、今この現実にある全てが揃うじゃないかって! えーっ、都合のいい話ね! まあまあ。 で、困った問題が発生したんだな、ココで フムフム そうなると、自分が太陽みたいな存在になってしまうって ・・・どうして? この世界が、私がいて成立しているわけだから、それってこの地球では太陽みたいなものかなって 丸焦げに燃えてるのね、フフッ! あは・・・ って、とにかく、太陽はもう空にあるわけで、みたいな存在ってことさ。 そこに在るのが当たり前で、感謝して拝む人もいれば、意識しない人もいる。 水とか空気とは何らかの係わり合いを持つだろ、でも太陽は遠すぎて、無ければ成り立たないのに、ただそこに在るだけ そうね、だから? 着る物や食べ物どうしたら良いのかな?って あなたのこと? そう! 服いるの? お腹減るの? なんか変なの? だって何らかの形が無いと、解らないでしょ、在るってことが、で、電波みたいな何かが出てるわけ、見えなくても感じられる何かが ふーん・・・ ま、そういうことにしとく、で? 何が困ったの? めったなもの着れないでしょ? 食べられないでしょ? ニュースになっちゃうから・・・ なーにそれ、あはっ!
Toi ナレーション :
こんな調子です・・・。
こういうとき二人は決まって同じ方向を向いて並んでます。
幼い頃私は、どちらかの膝の上から二人を見上げ、頭の上を飛び交う会話を聞いていました。
どうしてーっ? んーっ? 困ったねーっ Toi 、説明はねーっ、難しいなーっ! そうねーっ、ごめんねーっ Toi ! どうしてーっ?? あはっ・・・
Toi ナレーション :
何度かそんなことがあって、ある日私は聞くのを止めました。
答えられなくても、両親は私をいつも膝の上に乗せくれ、毎回同じように、何とか説明しようとするけれど、幼心にも、これ以上二人の会話を邪魔してはいけない・・・と、そんな記憶があります。
それからは、二人のそんな会話が子守唄になり、きまって見る、不思議な夢が私は好きでした。
私が両親の膝の上に乗れなくなった頃、二人の会話が一種の遊びだと、少しは理解できるようになったけれど、相変わらず内容はサッパリ? でした。
今なら少しは解ります。 参加することも出来るかもしれませんが、しません。
お邪魔虫だって知っているから。
「いつかアナタもそんな相手を・・・」
二人を見ていると、そう言われている気がしてきます。
下地に時間をかけるのよ Toi !
Toi ナレーション :
引越しの日が近づいてくると母は、私に化粧の基本を教えてくれました。
細々とした生活の知恵は、幼い頃から少しずつ教わってきたけれど、母のそれを一生懸命見て覚えようと、中学生から時々試していた私のメイクには、これまで口を出さなかった母が、高校に進学する私に、一人暮らしを始める私に、女の技を伝授してくれたのです。
母はナチュラルメイクの達人。 それが結構手間のかかる事を見て知っています。
真似して何度もチャレンジしてみたことはあるけれど、上手く出来たことはありません。
・・・ねえっ? なに? ・・・エレガンスって何?
Toi ナレーション : メイクを教わりながら、私は母に尋ねました。
急にどうしたの? 聞いてみたかったんだ・・・前から へえーっ! よく言われるから、 「お母様エレガントですね」 って あら嬉しい! 「ありがとうございます!」 って答えてたけど、あれっ? 「エレガンス」 ってなに? って思ったわけ・・・
Toi ナレーション : そう言うと、母は大きな眼をさらに大きくして、チョット意味ありげな笑みを浮かべました。
ううーっ、シクシク・・・、シクシク・・・ ちょっと冗談じゃなくて・・・もうっ! フフッ、ごめんなさい! ・・・ねえっ? そうね、なんて答えようかしら? そうね・・・
Toi ナレーション : 母はほんの数秒、うつむき加減で考えたかと思ったら、何かを思いついたように私の両肩に手を置き、そして口元をつぼめ、少し低いその位置から、やや上目遣いの視線で私を見つめてこう言いました。
それはね Toi ! うん・・・ 自分と向かい合って見つけるものよ! えっ!? んーっ! 決まったーっ! もうーっ! なにそれーっ! ズルイよーっ! あらっ、ズルクないわよ!
Toi ナレーション : オドケタと思った母が、クルッと振り返り、ちょっと真面目な顔でウィンクしました。
・・・見つける? ・・・向かい合う? ・・・
Toi ナレーション :
チョット前のことなのに、遠い昔のような気がします。
二人は今、あの家で何してるんだろう?
玄関に続くLDK、中層階のユーティリティーと予備室、二層階に寝室とバスルーム、私の部屋は今、父が書斎に使っています。 スキップフロアーの構造だけは、オルタ美術館がモチーフと聞かされているけれど、本家のそこはアールヌーボーの館らしく、段差と円が織り成す打ちっぱなしの空間と、アジアン家具が眼に浮かびます。 居間にはアフリカンオプジェがふたつ、母はそれをマネキン代わりにして、翌日の服を掛けます。 二人のお気に入りブランドは四季を通してふたつ。
春夏は ヨーガン・レール がメイン、秋冬は ミッソーニ・レトロ 。
娘が恥ずかしくなるくらい揃えたコーディネートしておいて、「このブランドは二人合わせるとより引き立つから」 と、臆面も無くシャーシャーと言ってのける、そんな実家の様子が、窓から明かりが見える距離なのに、なぜか今はとても遠く感じてしまいます。
ここへ来てから一週間、まだ一度も電話していません。
「電話してくれてもいいのに」
そう思う反面、母から言われた 「自分と向かい合う」 時間を、初めて経験する 「一人」 の空間で過ごし、何か一つでもいいから、「エレガンス」 の 「かけら」 を見つけてみたいと願いながら。