特別な三角関係
揺るぎない個性が、染色されない個性が
互いに微妙なバランスを保つ時
言葉につまりながらも、指先まで走る緊張と
代えがたい快感を覚える
まるで互いの間に揺れる
透き通った一本の蜘蛛の糸が
切れないように在るがごとく
ロケーション : 東京 渋谷、Q-Room、他 1999年某日、
登場人物 : Zigger ・ Ken ・ Mu ・ 他
ナレーション :
気まぐれな展開 からの続き
♪~♪~♪ Mu(むつみ) が Ken(けん) に電話する
ごめんケンちゃん 何だったのあれは? ほんとね、やっちゃったわ ・・・俺に彼の面倒見ろってこと? そんなこと言えないわよ・・・ ってそういうことでしょ、ったく! そういうことだったのかなー? 何言ってるの、あのままじゃ済まないよ彼・・・ そうなの? おいおい!
ナレーション :
二ヶ月前の出来事だった。
Mu(むつみ) の気まぐれと、感性の赴くままの行動が、一人の若者の運命に作用する。
Ken(けん) の予想は的中していた。
・・・なんだ?
ナレーション :
あの一件以来、侍雅(じが) はそれまで感じたことの無い視線を度々浴びることになる。
彼を駅まで送った従業員が、特に意識もせずあれこれと、詮索を交えながら何度か話の種にしただけのことなのに。
球の世界は極端に狭い。 ちょっとした話題が千里を走る。
Ken(けん) にまつわる、真相不明な出来事は尚更だ。
話は膨らみ、関東一円に、あらゆるツワモノ達に届くまで、そう時間はかからなかった。
侍雅(じが) が時間つぶしの居場所にしていた渋谷のプールバーには、そんな噂のヌシを見聞に来るツワモノ達が、密かに顔を出すようになる。
ツワモノ A : アイツか? 嘘だろ! ドシローじゃん! ツワモノ B : ・・・ホントだ。 「ガセ」 か・・・フンっ!
ナレーション : 遠巻きではっきり聞き取れなくても、侍雅(じが) には何となく伝わってくる。
・・・なんだっていうんだ!
ナレーション :
彼はおもしろくなかった。
チョットかっこつける程度に覚えた球なのに、真剣に打ち込んでいるわけでもないのに、知らない輩から馬鹿にされる理由は無いと。
しかし、駆け巡った噂の波及は、球の世界だけに留まらなかった。
女の子 A : 聞いたわよ、ハスラー目指すんだって? かっこいいじゃない! はあっ?
ナレーション :
侍雅(じが) は苛立ちさえ感じていた。
自分の意思とは関係なく、彼女達にまで、そんな噂が飛び交うことに。
・・・それにしてもあの二人の影響力って・・・
ナレーション :
だからといってキレずに、思考が二人の存在に向かうところに、彼の才能があったのかもしれない。
それほどの二人と、関係を持てたことから発生するかもしれない、何かしらの可能性を感じながら、無意識の奥の奥に閉じ込めてしまえる才能が。
・・・かっこいいカナー? 女の子 A : イイじゃん! 響きがサー! コレでしょ!
ナレーション :
女の子は、両手を胸の前でぎこちなく動かして見せる。
いかにも知らないというその素振りに苦笑いしながら、彼は「かっこいい」という響きに少し揺れる。
侍雅(じが) が渋谷の街に集う女の子達に惹かれて、そこに自分の何かがあるに違いないと、本能的に彼女達の動向を追うようになってから 1年半が過ぎていた。
こんな些細な会話が豆電球のスイッチを入れ、聞いてみたことの無い質問が彼の口からこぼれる。
ところでさ、 女の子 A : なに? みんなは何を目指してるの? 女の子 A : えーっ、マジじゃん急に! あはっ、たまにはね。 ねえ、教えてよ! 女の子 A : ふーん・・・、 やっとまともに向かい合ったわね私達に えっ? 女の子 A : そうでしょ? ち・が・う? ・・・そかな ・・・ごめん 女の子 A : いいわ、慣れてるし。 んーキミも成長したなー! ちゃかすなよ 女の子 A : あはっ、嬉しいのよ。 私達はずっと見てたんだから、アナタはどっち行くんだろーって えっ、そうなの? 女の子 A : そうよ、だってアナタ、私達に認められたいって最初から言ってたじゃない うん、それはホントだから、なぜって聞かれても上手く説明できないけど 女の子 A : なんだアイツって言う娘もいるけどさ、悪い気はしないからね。 だから慎重に見てた そうなんだ、知らなかった・・・。 でさ・・・ 女の子 A : あー、質問の答えね そうそう 女の子 A : 探してるのよ、自分らしく生きられる何かを 探してる? 女の子 A : そうよ。 一人じゃ心細くて続かないけど、みんなでいると何だか一歩でも前に進んでるって感じられるの ・・・で? 女の子 A : 私はまだ。 見つけた娘もいるわよ、そしたらヨーシ私もって、そんな気になるじゃない そうだったんだ! 女の子 A : だから侍雅(じが) は幸せよ、見つけたんだから、羨ましいわ えー?
ナレーション :
「見つけたわけじゃない、 目指してもいない」
と、そこで否定しなかったは、侍雅(じが)の才能だったのかもしれない。
実際、「ココの女の子達に認められる存在になりたい」と豪語していても、具体的な目標は何もなかったのだ。 せいぜい出来ることといえば、彼女達と一緒にいても、浮かないようにスタイルだけはと、それはそれでけっこうなエネルギーを要し、イッパイ・イッパイだった。
それでも彼女達と一年余り過ごした時間が、こんな会話を生み、侍雅(じが) に何かを気付かせた。
そして、「かっこいい!」の響きに揺れた振幅が、徐々に、徐々に大きくなっていった。
若いエネルギーの導火線に火がつく時、体裁の良い理由はいらない。
ストーリー的に言えば、ショットは放たれたのだった。
解らない・・・
ナレーション :
侍雅(じが) はKen(けん) のトーナメントビデオを観ていた。
しかし、淡々と続くプレーの合間に沸き起こる声援や歓声が、なぜその場面で、なぜそのショットでと、彼にはまったく理解できなかった。
行くしかないな・・・
ナレーション :
彼は動いた。
渋谷で伝説の球屋として知られている Q-Room に、初めて「バグ」以外の球屋に自ら足を運んだ。
そこにはあの噂が原因で、冷ややかな陰口と視線が待っていたが、彼にはもう気にならなかった。
「彼女達が見てくれている」という、大きな後ろ盾があったから。
彼は毎日通い、そこに集まるツワモノ達のプレーを観て学んでは、黙々と一人で練習する日々が続いた。
男 A : 撞こうか?
ナレーション :
ある日、Q-Room の常連の一人が声をかける。
陰口を叩いた輩でも、みな初心者の時代を経ている。 口に出すことさえ恥ずかしい話がかならず一つや二つある。 上級者ほど、長いキャリアを持つ者ほどそんな経験を繰り返し、なのに球から離れられないでいる。 重要なのは、球が好きかどうかということだけ。 みなそれを痛いほど知っていた。
毎日自分達の球を観て研究し、黙々と練習を繰り返す 侍雅(じが) の姿は、彼らにとってかつての自分なのだ。
ある日声をかけてくれる上級者がいた、だから今自分はココにいると。
お願いします!
ナレーション :
何気なく、居心地がいいから球屋にたむろする。 そんな輩もいる。
趣味として割り切って楽しむ。 そんな輩もいる。
何気なく、それが長くなり、このままじゃと途中から真面目に取り組む。 そんな輩もいる。
「かっこいい!」と言われて火がつき、「彼女達に認められたい」と願っていた 侍雅(じが) のそれは、急速な上達を生むに充分すぎる理由だった。
あっという間に彼は Q-Room に溶け込み、可愛がられ、メキメキと腕を上げていった。
男 A : Ken(けん) さんの店行ったんだって?
ナレーション : ある日男が、あの日の事 を 侍雅(じが) に聞いた。
はい。 ドシローの時でした。 男 A : はは、そうか・・・
ナレーション :
男は、Ken(けん) にまつわる逸話や、自分が感動したショットなどを熱く語りはじめた。 そして Ken(けん) が、どれほど偉大なプレーヤーなのかを、さらに熱く論じた。
それは一人にとどまらなかった。
かつての Q-Room に伝わる数々の逸話、名勝負、常連の誰もがそれぞれに、熱い物語を抱いていた。
そんな日々が続き、侍雅(じが) は Ken(けん)について多くを知ることになる。 同時に、時々ひやかしにやって来る女の子達から、それまであまり真剣に聞いたことの無かった Mu(むつみ) についてのことも。
あの日 から、一年が過ぎようとしていた。
侍雅(じが) が自ら Ken(けん) の店に出向いたのは、17歳の夏だった。
お願いします そうか・・・ん、わかった。 で、いつから来る? 引っ越してこようと思ってます そうか・・・、 じゃ近くに探しとくよ。 今んとこ整理しておきな ハイっ! よろしくお願いします!
ナレーション :
Ken(けん)はそんな日が来る事を予感していたのか、それとも良くあることなのか?
いや、 Ken(けん) にとって 侍雅(じが) の真っ直ぐなそれは、彼がトッププレーヤーで在り続けるために必要不可欠な、待ち望んでいた刺激だったのだ。
侍雅(じが)がそれ程の逸材かどうか、それはまだ解らない。 単なる予感に過ぎなかった。
Mu(むつみ) と出会い、ココに連れられてきたという、フィルターを通した予感にしか。
侍雅(じが) は、Ken(けん) の店を出てすぐに、Mu(むつみ) に報告の電話を入れた。
♪~♪~♪
もしもし、侍雅です。 ご無沙汰してます・・・ あらっ、めずらしー! 元気? 聞いてるわよ、Q-Room で撞いてるんだって? ハイッ 女の子達言ってたわよ、あいつマジだって、誘いに行っても釣れないって ええ、まあ・・・ どうしたの今日は? ええ、実は・・・
ナレーション : 侍雅(じが) は、Ken(けん) のところに来ると端的に伝えた。
へえーっ、そうなんだ! ハイ・・・ そうー! いつから? ええと・・・、Ken(けん) さんが近くに探してくれるって・・・ 引っ越すのね! それは良いわね! えっ?・・・
ナレーション : Mu(むつみ)は、いずれこの日が来るだろうと想っていた。 それは予想ではなく、期待だったが。 だからさほど驚きもせず、素直に喜んだ。 そして、引っ越すことを聞くと、彼女はそれに反応した。
ねえ、その引越し、私に任せてくれる? えっ? ・・・はあ ・・・ハイッ、お願いします
ナレーション :
「この二人には・・・」
言いなりになることを好まない彼が、この時そう思えたのが、彼の才能なのかもしれない。
・・・そっか、そうなったんだ・・・
ナレーション :
侍雅(じが) からの電話を切り、
Mu(むつみ) はいつか Ken(けん) が言っていた 「このままじゃ済まないよ」 という彼の見通しに敬服していた。 そして侍雅(じが) が、Ken(けん) の門を叩いた直後に、自分のところへ電話してきたことを喜んでいた。
かつて馴れ馴れしい会話を交わしていた侍雅(じが)が、今は律儀な言葉遣いをする。
「あの頃が懐かしい、でもこの緊張感は大切にしなければいけない」
Mu(むつみ) はそう思っていた。
Ken(けん) は 侍雅(じが) と師弟関係になる。 おのずとそこには緊張感が生まれる。 それに加え、Ken(けん) には 侍雅(じが) の影に Mu(むつみ) が見える。 それを Ken(けん) は自覚していた。
Mu(むつみ) と Ken(けん) の間には、大切に持続してきた、二人だけの緊張感があった。 ナイーブさゆえの、言葉に詰まるような、その緊張感は二人にとって宝だった。
この先、侍雅(じが) の影に Ken(けん) を見ることになる。 Mu(むつみ) はそう想った。
侍雅(じが)にとって二人は、既に特別な、近くて遠い存在だった。
この時、年代を超えた三人の間に、特別な三角関係が生まれた。
「そんなに緊張しなくてもいいよ」 と、年長者が若者に気を使い、若者はホッとする。