定義試行遊戯

キュー・ライフ ( Cue Life ) 2000年12月最終号: コラム原稿下書き
タイトル: 定義試行遊戯
 

人間の思考とは? 教養とは?
そんなつかみ所の無い世界を、型にはめること自体に無理がある世界を、解り易く印象深く講義しなければならない時
「先生方は大変だなー!」
テレビ番組を観ていて、ふとそんなことを感じてしまった時、好奇心が頭をもたげました。
ちょっと試しに、「心を定義してみよう」・・・と。
上手くいけば自己満足、失敗してもそれなりに、安上がりな試行遊戯です。

心は、アニメのセル画のようなものかもしれない。
重なり合って一枚の絵になる、透明なシートに描かれたあの。
一番上のシートにはたぶん顔が。
二枚目は何だろう?
経験のシートや秘密のシート、趣味のシートがあったりして。
それらが重なり合い、全体を描いている。

こんな具合に。
自分にとって展開しやすいイメージが思いつくと、しばらくの間遊べるのです。
心ではなく・・・人格?
少しずれてるかもしれないと思っても、そんなことはお構い無し。
独りよがりですから、とにかく行けるところまで。
途中で白けると、都合の良いことにすぐ忘れてしまいます。
でも時々、書き残しておきたいと思えるほど、面白く展開することもあるんです。

・わかりやすい人は 2枚目以降がシンプル?
・2枚目を隙間なく埋めてしまうと、3枚目がホンの少し透けて見える程度?
・見透かしていると思い込むのは、ホンの少し見える部分で決め付けてる?
・表の顔と裏の顔 → だから自分でもわからない
・シートを自分で見るのは難しい。鏡に映せば反転するし距離感が違ってくるし
・人は外側を、他人を見るように出来ている。
・だから人は、人を見ることにおいて最も熟練している。
・数々のツワモノを観てきた老巧には、奥のシートまで見えるのかもしれない。
・心理学は、見える範囲のデータを集計して、振り分けているに過ぎないのか?
・姿を優しく見せてあげるなら、解像度の低いデジカメでピントを少しずらして映したのを。
・鏡にさえ映らない詳細を、高解像度のカメラで撮って、引き伸ばして見せるのは下品。
・時々シートをばらして、拭き掃除しないとくっついてしまう。
・固まってしまった心とは、シートが張り付いてしまった状態かもしれない

試行遊戯が、こんな方向に展開しました。
そして想うのです。
時々開放されて掃除の行き届いた、サラサラのシートはさぞかし軽かろう。
固まったまま張り付いてしまったシートを剥がそうとすると、絵が削がれてしまう、なんて痛々しい。
『癒し』という行為が、そんな張り付いてしまったシートを優しくバラケさせてくれて、自ら拭き掃除する手助けをしてくれる。
たとえそれが現在見えている上から数枚程度のシートだとしても・・・満更ではない。

そんな事を。

最終回は、この辺で終わりにします。
私にこのような試行、思考、志向、指向の場を与えてくれた キュー・ライフ ( Cue Life )は良い区切りを迎えたとかで、インターネットの流れに乗って生まれ変わるよりは、20世紀末をもってピリオドを打つことにしたそうです。

私事ですが、球の世界に取り付かれてしまった異なる世界の人々を対称に、「 LIW project 」 なるサイトを公開しておりましたが、時期を同じくして 2000年11月に閉鎖しました。

フィルターを通して画像を見ると、全く違う雰囲気になったり、見えない部分が浮き出たりするように、異なる世界から「球」の世界を眺めると、どんな発想が生まれるのだろう?
面白おかしく語ってもらうと、どんな展開が開けるのだろう? と、そんなことを想いながら、例えばプロジェクト全体が進展して、その成熟度を人格に見立てたら、どんなキャラクターがイメージできるだろうと、期待感一杯に始めた投稿型のブレーン・ストーミング・プロジェクトでしたが、一年間公開していても反応が無かったので、20世紀に封印することにしたのです。

クリスマス・イブの夜も球屋。
そんな輩が球に取り付かれた人達なのですから、暇が無くてもキューを握っていたいのに、何を好き好んでそんなところに投稿するか・・・と、振り返ってみれば当然の結果だったかもしれません。
でも、世の中には何処にどんな人がいるかわからないと、HTML の習得を兼ねて作ってみたプロジェクトでした。

応援してくださった方々に、この場をお借りしてお礼申し上げます。
そして、キュー・ライフ ( Cue Life )、長い間ご苦労様でした!

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