七つの扉
その星の住民は誰もが、家を背負(しょ)って歩いていた。
背負っているのは二世帯住宅みたいに大きな家ではない。
大人のそれは、3m程の幅と2m程の高さの外壁にドアが一つ、中に入ると6畳程の四角い応接間があり、自分の部屋へと続いている。
その奥には円形の部屋があり、壁が全面総鏡貼り、そしてそこには 七つの扉があった。
人により家の大きさには大差ないものの、外装、内装、ドアのデザインは様々で、競い合うかのように個性を放っていたが、雨が降らない星なのだろうか? どの家にも屋根だけは無かった。
重力はどうなってる?なんて、そんなことは関係ないらしい。
生まれて物心付いた時、周りの住人がみな背負っているから、自然にそれを受け入れて育ち、いつの間にか家を背負ったまま街を練り歩くという。
誰かに会うと立ち止まり、一旦家を地面に降ろして立ち話、そのまま挨拶して別れることもあれば、どちらかが家の中に招かれて雑談が始まることも。
そんな星に偶然不時着したN氏は、大柄で太目の地球人だった。
「おやっ、これは楽しそうな星にたどり着いたものだ!」
それなりの経験を重ねたN氏は驚きもせず、前からやって来る男の子に声をかけた。
「こんちには。良い天気ですね」
N氏は初めて訪れた星で、相手が子供に見えたとしても、「坊や」とかうかつに言わない。
「こんにちはオジサン、おっきーね、何メートル?」
「あはっ、1.9mだよ。」
「わあーっ! おっきー!」
どうやら会話は地球と同じようにできそうだと、N氏は少し安堵した。
「重くないのそれ?」
N氏は男の子に聞いた。
「家?」
「そう、それ、背負ってるやつ」
「重い? どういう意味?」
そうか、重いという概念がこの星には無いのかもしれない。
N氏の思考はシンプルだった。
「そういえばオジサン、さっき良い天気だねって言ったよね?」
「うん、言った」
「天気って何?」
おっとそう来たかと、N氏はこの星の情報をまたひとつ追加した。
見上げると、抜けるような青い空と清々(すがすが)しい空気、しかし太陽らしき発光体がどこにも見当たらない。
N氏は少しも慌てず、まあいいと、それについて追求するのは止めておいた。
「ごめんごめん、私の星では挨拶のひとつなんだ、大した意味はないから」
「そっか。」
男の子はそう言いながら、背負っていた家を降ろした。
「おやっ?」
男の子のそれは、体に比例して小さくて低いので、N氏は上から見下ろすことが出来る。
不思議に思ったのは、無いと思っていた屋根が、確かに無いのに、中が見えないのだ。
「フムフム」
何かは解らないが、アレはアレで屋根に違いない、中が丸見えではプライバシーが損なわれるからなと、N氏の思考はシンプルだった。
「何をフムフムなの?」
「ごめんごめん、つい屋根に感心してしまってね」
「へえっ、めずらしいの?」
「まあね」
「そっか。」
男の子の応対は、この星の空の様に、清々しく真っ直ぐだった。
N氏は男の子の家の中を見せてもらいたかったが、体に比例したその家の部屋は小さく、大柄の自分が入れてもらうことは諦めるしかないと、仕方なく質問してみることにした。
「ねえ、聞いてもいいかな?」
「いいよっ」
「応接間の奥の、自分の部屋にお友達も入れるの?」
「うん、ボクはね。 みんな入れちゃうよ、応接間までなら初めから家に入れないもの」
「そうなんだ」
この子ならそうだろう、N氏は納得した。
「ところで一番奥の円形の部屋には時々入るの? 誰かを招き入れることあるの?」
「時々じゃないよ、毎日だもの。でもね、ママが入り浸ってちゃ駄目よって、お友達と遊ぶ時間も大切にしなさいって言うから、一日一回 2時間までにしてるんだ」
「自分で決めてるのかい?」
「それはそうだよ」
「フムフム」
N氏は感心した。
「それと誰かを招くって、あそこはそんな部屋じゃないよオジサン」
「そうなの?」
「一度彼女を入れたことあるけど、10分くらいで帰っちゃった、自分の家のに入るって言ってさ」
「ほおっ!」
「でもね、ママに言われてるんだ、気安く誰でも入れちゃ駄目よって、彼女の話は笑ってたけど」
「へえーっ!」
N氏は何故か微笑んでしまった。
その部屋のことはまだ何一つ解らなかったのに。
これはちと本気で調べてみようか・・・
N氏の好奇心は充分刺激されていた。
「楽しい話ありがとう。 オジサンはちょっと調べたいことあるからもう行くね」
「うん、どういたしまして。 今度はオジサンの話聞かせてね! ところでどっから来たの?」
「地球って星さ」
「へえーっ! 初めて聞いた!」
「あはは、じゃーね!」
N氏は男の子に手を振って別れ、早速調査に入ろうと歩き出した。
「年長者が良いかもしれない、それも大柄の」
N氏は家を背負って道行く人々を見渡し、白髪に白い髭を蓄え、ガッシリとした "こわおもて" の年長者を見つけ、この人ならと近づいていった。
「こんにちは、失礼します、私は地球という星から来た者ですが、ちょっとよろしいですか?」
「うむ、ゴキゲンよう!」
さすがに年輪を重ねた年長者は、違う星からやってきたN氏に怯(ひる)むことも無く、鋭い眼光を浴びせると、一言 「フム」 とうなずいて何を納得したのか解らないが、N氏を応接間に向かい入れ、この星では貴重な一級品とかいうお茶を出し、若い頃の話を気持ちよさそうに延々と続けた。
N氏は年長者からこの手の話を聞くのが嫌いではない、幸せそうな顔で話すのを眺めていると、その経験と幸せを少し分けてもらった気がするのだった。
久しぶりに思う存分気持ちよく話が出来た年長者は上機嫌で、特別の酒があるからとN氏を個人の部屋に招き入れた。
N氏は目的に一歩近づいたという期待感と、その特別な酒も楽しみにしながら、年長者の個人の部屋を興味深く見渡した。
しかしおかしなことに、そこには一番奥にあるはずの円形の部屋に続くドアが見あたらなかった。
「変だな?」
N氏は不思議に思い、注意深くドアを探すと、個人部屋の壁と同じ色に塗られ隙間さえも塞がれているドアを確認した。
これはどういうことだ?
N氏は気分上々の年長者に尋ねた。
「あの、円形の部屋に入るドアは何故このように塞がれているんですか?」
年長者は答えた。
「時間と労力の無駄じゃよあの部屋は」
「だいたいなんじゃねあの天井は、明るいかと思えば暗くなったり、時には何一つ見えんのじゃから」
「・・・そうなんですか」
年長者は続けて言った。
「だいたいなんじゃねあの床は、しっかりそこにあるかと思えば、奈落の底みたいに何一つ見えんのじゃから」
「・・・そうなんですか」
「それになんじゃねあれは、円形の部屋なのに、壁が総鏡貼りときてる、壁にひっつかんと自分の姿がまともに映らんじゃないか、壁にひっついたら見えんじゃろうが!」
「それはそうですね」
「そしてあの 七つの扉の向こう側! どれもわけがわからんし・・・」
「そっ・・・そうなんですか」
「あんな部屋で時間を費やすくらいなら、一人でも多くの人と会って親睦を深める方がどれ程良いかわからんっ!」
年長者は少し不機嫌になった。
「でも他の皆さんは時々入られるみたいですよ」
N氏はつい口を滑らせた。
「ワシには無用じゃっ!」
年長者は口をへの字にして怖い顔を見せ、「これだから若いもんは」と、N氏を追い出してしまった。
「やれやれ、特別の酒を飲み損なったか」
N氏は苦笑いし、それでもあの円形の部屋のことが少しは聞けて、興味は深まっていた。
「さて、次はどんな人に尋ねるのが良いだろう?」
N氏がそう思ったとき、交差点に面するビルの壁面に設置された大画面テレビが眼に入った。
なんとその画面には、番組のタイトルがこう記されていた。
--- 私の円形の部屋 ---
「これはまたなんと!」
グッドタイミングにN氏は、つい日ごろの癖を口走ってニンマリとした。
「日頃の行い、日頃の行い」
大画面の反対側に交差点をまたいで広場がある。 そこに点々と植えられた樹木の根っこを囲むレンガに腰を降ろし、N氏は番組を見ることにした。
「ほうっ!」
衣装共々、インタビュー中は後ろに降ろされたパーソナリティーの家の外装が、そのままスタジオセットになっていることにN氏はまず感心した。
ゲストの家もまたしかりである。
「衣装に合わせてリフォームするのだろうか?」
N氏がそう想ってしまう程、ゲストスターの家の外装は煌(きら)びやかで、二人は二人の家の間に置かれたティーテーブルを挟んで座った。
「みなさん今日は、--- 私の円形の部屋 --- の時間です。 本日のゲストはみなさんよく御存知の○△□さんです! パチパチパチ!」
(どこかで観た様な番組だな)
N氏は地球の人気番組を思い出していた。
「早速ですが○△□さん、アナタの円形の部屋のお話しを聞かせてください」
「はいっ、私の場合は・・・」
(これは単刀直入で、実に良い番組だ!)
N氏は眼を大きく開いて画面に見入った。
ゲストの話はこうだった。
毎晩寝る前には必ず円形の部屋に入ってストレッチ20分。
それから気分に任せて七つの扉のどれかを開けて中に入る。
長い時でも1時間、短ければホンの数分で円形の部屋に戻る。
それから壁に近づいて、鏡に細く映る自分としばらく向かい合う。
一息ついたら、もう一度軽くストレッチして眠るのだという。
「ほらっ、3番目はアレじゃないですか、いつぞやは、戻った後私の顔がこんなでね・・・」
「ホッホッホ、アナタ面白いわねー!」
「彼を連れて4番目に入った時なんかやっぱりハグレテしまって、上手くいかないですねーっ」
「そりゃそうよアナタ、そう簡単に行くもんですか、でも連れてったのねアナタ! サスガねーっ!」
N氏は番組に釘付けだった。
しかし、肝心の部分がまるで解りきったことのように説明されないので、円形の部屋の詳しいことが、七つの扉の向こう側のことがまるっきり 「?」 だった。
(うーむ、これは困った、しかし・・・知りたい・・・なんとしても!)
N氏の興味は頂点に達したが、何一つ解らないまま番組は終了してしまった。
さてどうしたものかとN氏は考えた。
(地球ならこんな時、図書館かインターネットで検索すれば済むことだが、はたしてこの星は?)
N氏の期待むなしく、この星にはどちらも存在しなかった。
(このままではとても地球に帰る気になれないぞ!)
それはもうN氏にとって、何としてでもスッキリさせたい気持ちに変わっていた。
そんな時、N氏をハッとさせる横断幕が視線に映った。
--- 円形の部屋・劇場 ---
「これはまたなんと!」
さらなるグッドタイミングにN氏は、つい日ごろの癖を再び口走ってニンマリとした。
円形の部屋・劇場では、パフォーマーが自分の家の個人の部屋にカメラを設置し、円形の部屋のドアを開け、その中で七つの扉を行き来しながら戻っては何かしらのパフォーマンスをしてみせ、観客はその様子を観るという、N氏にとってこの上ないほど都合の良い、屋外巨大円形劇場だった。
空中に映し出される特大ホログラフィーを囲むように、観客はそれぞれの家の前に椅子を置いて座り、ヘッドフォンをチャンネルを合わせて鑑賞する。
「この光景をなんと形容しよう!」
N氏は感嘆した。
「この星の、屋外と屋内という概念が地球とは随分違うらしい。 太陽に代わる光源が見当たらないのにあの清々しい青い空とこの心地良い空気、そもそもこの星自体が巨大な部屋の中にあるのかもしれない、あの空は発光する天井なのかもしれない」
N氏の思考は、地球に帰ってからこの星のことを説明する準備に入っていた。
開演を知らせるベルらしき音が、観客のヘッドフォンから漏れてうっすらと聞こえる。
どこからともなくN氏に近づいてきたのは劇場のヘッドフォン貸し出し係りだった。
「いらっしゃいませ、どうぞこれをお使い下さい」
係りはヘッドフォンをN氏に差し出した。
「これはこれは、どうもありがとう!」
「良い時間をお過ごし下さい!」
係りはそれだけ言って立ち去った。
装着したヘッドフォンから、今度はハッキリと聞こえたベルの音が鳴り止む。
間もなく、空中に浮かぶホログラフィーが、パフォーマーの姿を映し出す。
ほとんど裸に近い男の体が真っ白に塗られていた。
不思議な音楽が流れ、男はスローモーションのようにユックリと動き、ユックリと七つの扉の一番目に向かうと、観客からどよめきが沸く。
男はユックリと、ドアの向こうに消えていった。
どの観客も、男が消えていった空中を見上げたまま、何かしら物思いにふけっているようだ。
N氏は固唾を呑んでその両方に見入った。
しばらくすると、男が消えていった一番目のドアから戻った。
手足を意味ありげにユラユラと動かしながら、男はユックリと、ユックリと円形の部屋の中心に向かい移動する。
観客は身動きせず、真面目な表情を崩さないで見つめている。
そしてパフォーマーは、円形の部屋の中心から今度は2番目のドアに向かう。
「おや?」
N氏はヘッドフォン越しに、観客から笑い声が上がったような振動を耳にした。
「あの先には、何か楽しい世界が待っているのだろうか?」
N氏には、まだ何もわからなかった。
パフォーマーは終始ユックリと移動し、七つの扉の向こうに消えては戻り、不可解な動作をこれまたユックリと繰り返す。
途中から女性も加わり、これまた同じようにユックリと、男性の後に続く。
観客は空中から視線を離さず、向こう側から戻ったパフォーマーの不可解な動きに、時には笑い、時には涙を流し、時には感嘆の声を上げる。
N氏はいつの間にか、その世界に溶け込んでいた。
何一つ理解することなく。
公演は2時間に及び、パフォーマーが七つの扉全てを行き来すると、深々と頭を下げ、観客から拍手が沸き上がった。
一部始終を見終わったN氏は、
ホログラフィーが消え去った宙を見上げたまま、しばし動けなかった。
やおら腕を組み、
それからそっと眼を閉じ、
鼻で小さな溜息をつきながら、
ホンの少し微笑んだ。