気まぐれな展開

本人には
「運命」としか思えない出会いでも
存在は個を見出して
連鎖する
 



ロケーション : 渋谷のプールバー。 Ken の店。 1998年某日
登場人物 : Zigger ・ Mu ・ Ken ・ 他

アナタが侍雅くんね!

ナレーション : その日彼女が彼の前に現れたのは、ほんの気まぐれだった。
打ち合わせが直前でキャンセルになって空いた時間を、ハンズ前に借りている隠れ家でつぶそうと、スクランブル交差点からセンター街中腹を右に折れ、井の頭通りが見えてきたところで、このところ耳にする噂を不意に思い出したのだ。

そういえば最近女の子たちが面白がってるコ、この店にいるって言ってたわね。

ナレーション : 彼女はビルを見上げた。
交番の真向かいに、Jオープンなどのメジャートーナメント予選会場として知られるプールバー『バグ』があるが、立ち寄ったことは無い。
まだ陽も暮れぬこの時間にもしそのコがいるなら、自分とは「縁」があるかもしれないと Mu(むつみ) は想った。

はぁ?

ナレーション : いきなり声をかけられた彼は、口を開けたまま振り向くと、眼をまん丸にして静止してしまった。

ひょっとして・・・? あらっ、知ってるみたいね。 たぶん・・・

ナレーション : 彼は女の子達が崇める彼女のことを、あちこちで聞かされていた。 彼女は、女の子達が噂するその理由に興味があった。 てらいも無く「ここの女の子達に認められたい!」と宣言する彼に。

センスは許せる範囲ね。 それはどうも・・・。

ナレーション : 彼は、彼女の存在感に威圧されていた。 そんな女性に対面したことがなかっただけのこと、なるほどこの人が、彼女達が崇拝するカリスマかと、今この瞬間対面していることを、彼は素直に喜び、眼を細めて微笑んだ。

アナタの笑顔、可愛いわね! ホントに? ありがとうございます! あらっ、素直じゃない! だって嬉しいから・・・ そう!

ナレーション : Mu(むつみ) は気持ちが良かった。
もともと10代の若者にしか眼を向けないが、男の子とこうも会話がピッタリくることはまれなのだ。

ねえ、ちょっと付き合わない? はあ、そりゃ Mu(むつみ) さんのお誘いなら! いいコね!

ナレーション : 彼女は出会った頃の Ken(けん) を思い出していた。 そんな「懐かしい記憶が掘り起こされた」というだけで、彼女を次の行動へ移らせるに充分な理由だった。 球屋にいた彼が少しは撞けることは聞くまでも無く、その技量など彼女には問題外。
Mu(むつみ) はためらうことなく Ken(けん) に電話する。
♪~♪~♪ ( Ken の携帯電話が鳴る)

もしもし、ワタシ・・・ おや、久しぶり! いま渋谷、これから行くから・・・ そうっ! ん、わかった、待ってるから

ナレーション : Mu(むつみ) は動き出すと躊躇いが無い。 彼女は隠れ家に置いてある車に 侍雅(じが)を乗せ、東名高速を飛ばして Ken(けん) の店に向かう。
特に思惑はなかった。 こんな時の彼女は、展開そのものを楽しんでいる。 侍雅(じが) はそんな彼女に黙ってついて行く。

質問はしないの? 期待してますから ふーん!

ナレーション : Mu(むつみ) は浮かれていた。 仕事でも感性に従う、しかしそこに在る意識は冷めている。 冷静に、思いついた事を実行すれば出来てしまうから、そこに快感はなかった。 だからこんな日の、こんな展開はけして逃さない。

音楽かけるわよ? はいっ

ナレーション : 「どんな曲を聞かせようか?」 と、彼女はは選曲さえ楽しい。
「どんな曲を聴かせてくれるんだろう?」 と期待する彼がいる。
波長が合うとは、他愛の無いこんなやり取りを言うのかもしれない。

サトル! ちょっと店たのむな、家行って直ぐ戻るから! サトル(従業員) : ハイっマスター!

ナレーション : Ken(けん) は店から車で10分ほどの家に帰り、急いで身づくろいを整える。
その頃 Mu(むつみ)侍雅(じが) を乗せた車は横浜 IC を降り、そのまま 246 号を下っていた。

そろそろ着くわよ えっ?

ナレーション : さぞや眩しいほど煌びやかな、そんな何かを期待していた彼は、こんなところにいったい何があるのだろうと、不思議に想いはじめていた。
着替えた Ken(けん) は何気ない顔で店に戻る。

サトル(従業員) : あれっ、マスター誰かいらっしゃるんですか? んー、Mu(むつみ) さんだよ。 サトル(従業員) : あっ、なーるほど! えっ、急にですか? んー、急に。 サトル(従業員) : へえーっ、珍しいですね!

ナレーション : サトルは Ken(けん) の店にもう長い。 何もかも心得ていた。 「これはなにかあるぞ」 と、Ken(けん)に隠れて、携帯から常連の一人にメールする。
---Mu(むつみ) さん間もなく予定外の来店??!!---

ここよ! ・・・ここですか??

ナレーション : 県道沿いの、繁華街でもなく、かといって特別な区域にも見えない。
ありふれたゲームセンターや飲食店が入った 5~6 階建のビルが並び、日が暮れたばかりの薄暗い中で、中途半端な明かりがそんな風景を余計地味に見せる。
Mu(むつみ)はそんなビルのひとつに入ってゆく。
侍雅(じが) は彼女の後についてゆくしかなかった。

こんばんは! サトル(従業員) : いらっしゃいませ! おーっ、いらっしゃい! ごめんね急に 大歓迎だよ!

ナレーション : Mu(むつみ)Ken(けん)は、優しい視線で短い挨拶を交わす。

球屋?

ナレーション : 侍雅(じが)はキョトンとしていた。

なんで??

ナレーション : 彼には Mu(むつみ) の真意がつかめない、それでも何かあるに違いないと注意深く店を見渡す。
すぐ目に付くのはおびただしいトロフィーの数々だ。
侍雅(じが) は女の子達と遊びに行った「バグ」をなんとなく居場所にして一年余り、他の球屋は知らない。 Ken(けん) の店の壁に並ぶ常連のキューも、彼には「バグ」に並ぶのと同じに見える。 テーブルやボールのコンディション、何気なく置いてあるチョークのメーカーや磨り具合など、きめ細やかなこだわりが解る筈も無い。
ただ「バグ」にもビリヤード雑誌は置いてある。 トッププレーヤーの写真やサインも飾ってある。 だからそこが、何度か眼にした Ken(けん) の店らしいことは彼にも理解できた。

だからなんで?

ナレーション : 侍雅(じが) の疑問はますます膨らむ。

彼、侍雅(じが)くん、渋谷でちょっと目立ってるコ フムフム! ・・・ども

ナレーション : 「さて何が始まるのかな?」と、Ken(けん) は楽しげに微笑んだ。
侍雅(じが) は少しふてくされ気味だ。

この人知ってる? 雑誌で見たことありますけど・・・ そうっ!

ナレーション : そこへ常連客が数人ドヤドヤと入ってくる。 先ほどサトルがメールで知らせたのが回ったようだ。 めったにない何かを期待して、夕食も後回しに集まってきた。
Mu(むつみ) と面識が無い彼らは、Ken(けん) や サトル といつものように挨拶を交わし、何食わぬ顔でカウンターやテーブルの周りに座って聞き耳を立てている。

落ち着かないわね

ナレーション : Mu(むつみ) が小声で Ken(けん) に言う。

有名人はつらいね! もうっ! なによあなたその靴! 最悪っ! そんなの履いてるから何年も勝てないのよ! あちゃっ!

ナレーション : Mu(むつみ)は口を尖がらせて、展開に生じた不満をこう表現する。
Ken(けん) はそんな彼女を良く理解している。
靴だけで済んで助かったと、着替えておいて良かったと、胸をなでおろす。
 
♪~♪~♪  Mu(むつみ) の携帯電話が鳴った。

はい、ワタシ、なに? ・・・えっ・・・そう・・・ わかったわ、すぐ行く。 どうかした? うん・・・仕事。 侍雅(じが)くん、ごめん、あたし行かなくちゃ えっ! ケンちゃん、あとで電話するから おやおや・・・ なっ、なんで??

ナレーション : Mu(むつみ)はサッサト帰ってしまう。 常連客が少しどよめく。 そこに、ポツンと取り残された侍雅(じが)が、間抜け顔で立っている。

あの・・・ ん? ・・・なぜボクはここにいるんですか? えっ? ・・・なぜ Mu(むつみ) さんはボクをここに連れてきたんですか? んーっ?

ナレーション : 「なるほどそういうことか・・・」と、Ken(けん) には少しだけ見えていた。
「それにしてもこやつ、想ったことがそのまま口から出る奴だな・・・」
Mu(むつみ)が連れてきたというだけで、Ken(けん) にとって 侍雅(じが) は既に特別な相手だった。 同時に、彼女を通した色眼鏡で彼を見てしまっていることも、充分認識していた。

まあ気にしなさんな、ちょっと変わった一日に遭遇したくらいに思ってさ はあ・・・

ナレーション : 常連客から少し冷めた視線が 侍雅(じが) に飛ぶ。
急いで来たのに期待を裏切られただけではなく、どうやらとんでもない新人でもなさそうだと、なのに自分達にはそうそう口をきけないほど崇拝する Ken(けん)と、その得体の知れない若造が馴れ馴れしく会話を交わしている、それが彼らには面白くないのだ。
Ken(けん) は敏感にそんな雰囲気を察知して、細やかなフォローを怠らない。

サンちゃん! シャフトの修理できてるよ、モーリのハード付けといたけど、撞いてみる? 常連客 A : わーっ、ありがとうございます! はいっ!

ナレーション : Ken(けん) の一声で、視線の矢が消えうせる。
集まっていた常連客はそれぞれに、食事を注文したり撞き始めたり、店はいつもの店に戻っていった。

適当に遊んでいきなよ はあ・・・

ナレーション : 侍雅(じが)はカウンター席に腰掛け、虚ろなまなざしで、この店の日常をボンヤリ見ていた。
Ken(けん) は常連客ひとりひとりに何かしら二言三言、頃合を見て侍雅(じが)に声をかける。

撞いてくかい? いえっ、とんでもないです。

ナレーション : 侍雅(じが)は即答した。
一年そこそこ、真面目に取り組んできたわけではない彼には、Ken(けん) の店の常連客が本格的に見えてしまう。  そんな中で、何を好んで恥をさらす必要があるのかと、直ぐにでもこの場を去りたい気分だった。
「でも・・・」と、何かが彼を躊躇させている。
それは球ではなく、Mu(むつみ) という女性と、Ken(けん)というプレーヤー二人の、存在感から受けた何かだった。
しかし、黙々と繰り返されるゲームを眺めていても、そんな中にいて客を見守るKen(けん) の姿を見ても、彼には何一つ感じ取ることが出来なかった。

帰ります・・・

ナレーション : 彼は諦めた。 これ以上ここにいても仕方ないと。

そうか、ちょっと待ってな

ナレーション : Ken(けん) は 「仕方ないな」 という顔で、そんな彼をサラリと受け止めた。

サトル! 買い物行って来てくれ、ついでに彼を駅まで頼む! サトル(従業員) : ハイわかりました! 何処まで帰るの? 渋谷です サトル! 中央林間な! サトル(従業員) : ラジャー!

ナレーション : 駅までの道程、二人は黙っていた。
サトルは彼なりに理解している。 Ken(けん)Mu(むつみ) の間には、長い特別な関係があることや、その Mu(むつみ) が連れてきた 侍雅(じが) を Ken(けん) が特別な眼で見ている事を。
侍雅(じが)は助手席から、ボンヤリと外を眺めていた。
その日起きたことが、いったい何だったのかを探るように・・・
 
特別な三角関係 へ続く

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