Prologue

女性ファッション誌が必需品になったのは 79年のこと。
「ゲーテの言葉」を胸に、とにもかくにも吸収しなければという観念に捕らわれ、美術館や展示会に出かけては、むさぼるように「高貴な感性」を追い求めてたあの頃、ファッション誌は「美」に触れているという充足感と安堵感を与えてくれました。 それはとても自然な出会いであり、女性の側から世界を見つめ、感じることの始まりでもありました。

82年に ELLE の存在を知り、夏の終わりに出向いたファッション・ショーはカステル・バジャック。 その秋 3ヶ月の渡欧の際に延べ一週間ほど滞在したパリで、確かに街もアートも素晴らしいけれど何故あんなに自然で素敵なオシャレができるのかという強烈な印象を、帰国後もずっと忘れずにいたくて、出歩いても空ばかり見てました。

その後次々に発売されるファッション誌やデザイン誌に高揚させられながら、ELLE を保存するようになったのが 89年。 ELLE Japon にとって記念すべき年に、それは予感だったのかもしれません。

建築や広告デザインの仕事に携わりましたが、94年にエスモードの夜間でスティリズムを学び、他クラスとの合同授業の際に一度だけ会った若い先生に、「女性は肌で感じてデザインをするけれど、男性は目と頭でデザインをするから構築的になる」と言われ、一瞬、あまり好きではないフェレに少し同情し、でもムッとしたので、「世の名だたる男性デザイナーは?」と聞くと、「あの人たちは天才だから」なんて、「ああこの先生でなくて幸運だった」と心からそう思いながら、「肌で感じてデザインする」という台詞がいつまでも鳴り響いていました。
そう、私は納得させられてしまったのです。
「確かにそうかもしれない! だったら着ればいい!」
ことは単純でした。

ファッションを自由に楽しんでいる女性を見ると、親しんできたファッション誌の製作側に思いを馳せてしまいます。 載せる側と乗る側それぞれに現実があるにせよ、そこに流れている前向きなビジョンとエネルギーは、想うに「エレガンス」というキーワードが根底にあり、だとすればそれを頭ではなく、身をもって感じることが私にとって心地良い「在りかた」なのです。

新世紀への想いを乗せながら 89年に新創刊された ELLE Japon の移り変わりを、データベース作成作業を通じて、これまでの全体像が見られると想っていましたが、いざ始めてみると、当時眩しく眺めていたファッションが今はとても身近に感じられて心が躍り、食い入るように見てしまう誤算に見舞われています。

男性誌も最近変わりましたね。 今後の展開が楽しみです。 ボーダーラインが近づくのは平和の証。 そんな世界をリードする日本のファッションが、今後益々熱くなることを信じています。

 
「あっちっち」の彼が
眩しいくらいの装いで
ビルの上の大きな看板に
横たわっていたこともあったわね

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 No1 Jul 1989 : Special Issue 

 

エル・ジャポンは、アシェット フィリパッキ メディアグループの株式会社アシェット婦人画報社により発行されています。 ELLE は、アシェット フィリパッキ プレス、Levallois-Perret , France によって商標登録されています。

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